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2014年撮影本数メモ
2014年本数メモ

135が47本
~~~~~~~~~~~~~
内訳;
モノクロネガ、41本
カラーネガ、4本
ポジ、1本
写ルンです、1本
~~~~~~~~~~~~~
120が4本
全てモノクロネガ。
~~~~~~~~~~~~~
合計51本
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by kasime | 2014-12-31 23:29 | 日記 | Trackback | Comments(0)
年の瀬
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Super Ikonta 530/2 Tessar 10.5cm f4.5


今年も大変お世話になりました。
良いお年をお迎えください。

私はこのカメラを抱いて初夢を見ます。
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by kasime | 2014-12-31 18:59 | 写真 | Trackback | Comments(4)
自転車
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dp2 Quattro

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by kasime | 2014-12-30 21:37 | dp2Q | Trackback | Comments(2)
気づき
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Leica M6 Summarit 5cm f1.5


高校に合格して入学した時、決めたことがあった。
予習復習を欠かさずにしようということ。
大学受験のためだ。

私の高校は「進学校」ではなかった。
「進学希望校」だった。

がんばらないと。
そんな思いで必死だった。

4月。
初めての授業の後から復習をして、そして次の授業の予習をして。
予習復習を欠かさずに行った。

部活を終えてからご飯食べるまでの間に全て済ませた。

予習復習している自分に酔っていた。
こんな俺ってすごいって。

5月。
おかげで一学期の前期試験は400人中50番以下を取った。
これでも不安だった。
大学受験は厳しい。受験戦争の時代。

1学期後期7月のテストに向けて予習復習を続けた。

6月。
部活動の体罰が激しかったが、まぁ順調だった。

しかし、ふと授業中に外を見てみると、体育の授業を行っている学生たちが見えた。
遠くの校庭で小さく見える学生たちは走って行った。

あれ?

なんで勉強しているんだろう。

大学に進学するためだろう。

大学に進学すればすべて上手くいくのが決まっている。
だから大学に進学するんだろう。
今の時代、大学に行くのが当たり前。
大変だけれど、行けば人生うまくいくんだ。

浪人したくない。
現役で受かりたい。
だから予習復習をしているんだ。

じゃあ、今いる高校は予備校みたいなものか。

あれ?
高校って義務教育じゃないよね。
なんで通っているの?

義務教育じゃなければ通う義務はない。
大学に入るためだけに通っている高校だ。
予備校に行けばいいじゃないか。
部活も体罰がひどくて嫌だ。
自分はなんで高校になんでいるんだ。

「ねぇ、なんで勉強しているの?」
「なんで高校に通っているの?義務教育じゃないよね?」

と、校内で小テストに備えて勉強している友人二人に聞いた。

「なんで・・・って。ねぇ。」と二人で目を合わせた。

「やっぱり答えられないんだ」と思った。

私は「そっか」と言い、目線を外してと小テストの勉強を始めた。

他の人にも聞いた。
「なんで?高校に通っているの?」
「なんで勉強しているの?」

答えの中には「なんでって、『当たり前』じゃねーか。」

当たり前。

勉強するのは当たり前。
高校の通うのは当たり前。

なるほど。

でも、引っかかる。
当たり前って、高校じゃなくても高校やめて予備校に通って勉強して、
「大検」を受ければ大学受験できるんだよ?と尋ねると、

「受かるわけねーだろ。大検なんて。」

と、答えが来た。

それを聞いた時、受かってやると思った。

そんな流れの中、7月の後期試験も結果は良かった。
400人中20番以内だった。

でも、不信だけが残った。

夏。
部活動の監督の体罰がひどくなっていた。
本当に嫌で嫌で仕方がなかった。
高校に入るからこんな嫌な思いをしないといけないのだ。
高校に入るのは勉強するだけのためなのに。

まずは部活をやめよう。
私は恐怖に耐えながら、職員室に行った。
泣きながら体罰がひどいから退部したいと言いに行ったら監督が説得してきた。

もう体罰はしない。だから残って欲しい。

やめられないんだと思った。

まぁ、体罰が止まるならやめなくてもいいかと安直に考えた。
しかし1週間後には体罰が始まった。

「我慢の限界だ」と怒鳴って殴っていた。

夏の終わりには高校をやめようと思った。

夏休みが終わり、学校が始まったが予習復習はしなくなった。
高校にいる意味はなくなった。
体罰に耐える必要はない。
無理に勉強する必要もない。義務教育ではない。

家で大検の勉強して、大学受験だけして受かって大学に行けばいいんだ。

と、考えていた。

大学入ってからのことは考えていなかった。
大学に入れば勉強もしないで済むし、簡単に卒業できると聞いていたから。
就職だって大卒なら引く手数多。問題ない。

9月。
2学期前期テストの結果は推して測るべし。
200番下がった。

その後すぐに、担任が皆の前でホームルームが終わった後に、
「カシメ、この後、職員室に来るように」と呼び出された。
理由はわかっていた。

言われるがまま職員室に行き、担任が開口一番、
「どうした?今回の成績」と聞いてきた。

「やめたいんです。学校。」

担任があまり驚いた表情をしていなかったのを覚えている。

その後、ほぼ毎日、ホームルームの後、職員室で面談だった。
冬になっても続いた。

面談の内容は辞めるな。大検は難しい。
いや、辞めます。受かってやります。
辞めるな。
いや辞めます。
その繰り返しだった。

結局、高校で勉強することにした。

でも、2年生になった時1年生のほとんど勉強しなかった分が響いたのか、
わからないことが多かった。結果も芳しくなかった。

だらだらと3年生になって受験した。

結果、受験に失敗。

浪人生活は散々なものだった。
ぼーっとしていた。

15校受験した。
1校だけ受かった。

その大学に入った。
これで全てがうまくいくと思った。

しかし、4年になったんだから就職活動しないと。
バブルが弾けたことを知らなかった。

大学出ても、名だたる学校でも就職に苦労していると初めて知った。

会社勤めは考えていなかったので、希望する職種の募集を受けたがすべて落ちた。
専門の勉強していないからと。そもそも卒業する学部が違うと言われた。
社会福祉学科でないとダメだと言われた。

なんかずれていると思っていたがずうっとずれていたことにやっと気づいた。

卒業してからしたい仕事に就くための専門学校に行った。
生きていて一番勉強が楽しかったし勉強した。

結果国家試験にも合格し就職できた。

それでもどこかずれている気がした。
でもそのまま気づいたことを見て見ぬ振りして生きて来たし、生きている。

高校1年生の6月のあの日、
気づかなかった方が良かったのか。
気づいた方が良かったのか。

今でも鮮明にあの日の校庭が浮かんでくる。

なぜ勉強するのか?と思ったあの日。

だれか、「微分積分」ってなんなのか教えて欲しい。
でも、まだわからないんだ。
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by kasime | 2014-12-29 23:23 | つぶやき | Trackback | Comments(6)
Run
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Leica M6 Summarit 5cm f1.5

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by kasime | 2014-12-28 22:14 | 写真 | Trackback | Comments(0)
Summarit 50mm f1.5
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Leica M6 Summarit 5cm f1.5


この写りはフィルムでないと味わえないかなと思う。

ズマリットを使ったのは何年ぶりだろうか。
6~7年前に使ったような記憶があるけれど、あまり手元に長居しなかった。
けれど、今回使ってみて開放も好きだし、さらに少し1~2段絞ったあたりも好き。
さらにf5.6でもまだまだ好き。
クセノン、ズマリット、ズミルックス(1st)は親子関係だと思っている。
この3本あるとかなり楽しめると思った。

最近、新し目のレンズをほとんど手放した。
やはり好きなのは古いレンズらしい。
特に30~60年代まで。

また新しいレンズが好きになったらどうする?
ひー。
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by kasime | 2014-12-27 19:01 | レンズ | Trackback | Comments(4)
おこげは食べちゃダメ?
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Leica M6 Summarit 50mm f1.5


小さい頃、おこげは食べちゃダメよ、ガンになるから。
って、言われてから気になる。どこの都市伝説かと。

あとスイカの種。食べると虫垂炎になるって。
私、あんまり食べてなかったのに虫垂炎になり、
スイカの種を恨みながら手術を受けました。

最近は色々な情報があって、特に健康情報。

タバコはガンになりやすい。
ああ、これで俺はガンになるのかもなーって気にしながらながら吸うより、
ニラレバ炒めの後に吸う煙草はうめーって、吸っていた方が健康的な気がする。

マーガリン。
トランス脂肪酸は心臓疾患のリスク増加させるとか。
あー、うめぇ、トースト!って言いながら食べたほうがいい。

あとシャンプーとかのラウレリ硫酸ナトリウム。
本当に禿げるのか?
あー、さっぱりした、つやつや!って言ってたほうがいい。

さて、みんな、ライカ買おうか。
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by kasime | 2014-12-26 21:14 | つぶやき | Trackback | Comments(0)
Gone Girlを観た
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Nikon F nikkor S Auto 55mm f1.2


映画、Gone Girlを観てきた。

評価;★★★☆☆
カット割りがとても多くてさらに早くて字幕が追いついていなかったぐらいに感じた。
スピードディに感じたが早すぎる感じもあった。

ただ展開はきちんとしていて辻褄がきちんと合うのは原作が優れていたからだと思う。

テーマは結婚とか?
それは違うと思った。
テーマは何か?
観て感じるしかない。

エイミー役の主演女優、ロザムンド・パイクは多分オスカーとるだろうと思うほどの怪演。
それだけでも見る価値がありそう。

でもフィンチャーらしい映画になっているかなと思う。
レンタルでもいいと思う。
何度か見直したほうがわかりやすいかも。
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by kasime | 2014-12-25 20:25 | つぶやき | Trackback | Comments(2)
私のインターネット
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Nikon F Micro-NIKKOR auto 55mm f3.5


最近、インターネットについて考えている。

私の使った事がある、「パソコン」は「ファミリーベーシック」だった。
これ、今でもなんなのかわからない。

1985年頃、父は「これからは『マイコン』の時代だ」と言って、
突然、買って来て夜な夜なキーボードに向かって「何か」をしていた。

まぁ、読みは外れてはいなかったな。

私は黒い画面にマリオが左右に動いてびっくりしていた。
それ以外使っていない。もしかすると、まだ実家にあるかも。

ファミコンの方が断然、面白かった。

90年代、大学でパソコンの講義を取った。
その時に父はもう亡くなっていたが、
「お前が働くときにはパソコンが必要になっている。」
と言う言葉を忠実に守った。

OSは「DOS」だった。
教授にフロッピーを買って来いと言われて、
お店に行ったけれど、種類を選べなくて、困った記憶がある。

講義ではxとyの座標を手で打ち込んで、
まず、「点」を出す事。
次に 点と点を結んで「線」を書く事。
そして「円」を出す事。
最後に図形を塗りつぶす事。
そして、それらを使って、「絵」を書く事が課題だった。

今、全く役に立っていない。

妹がモダンダンスをしていたので、
講演会の「ポスターを作成したいからマックが欲しい」と言い出した。

母親と妹と3人でパソコン屋さんに買いに行った。
Power PC、プリンター、モニター、一式で相当な額だった。
今思えば良く買ってくれたなと思う。

マックは妹の部屋に置かれた。

私はマックで3Dレンダリングとかして遊んでいた。
レンダリングを始めると、止まっているのかと思った。

夜、レンダリングを始めたら、諦めて、そのまま放置して、寝て、
朝、見に行くとフリーズしてた。
上手くいくと、完成していたか、レンダリングが続いていた。

1997年。
私が初めてインターネットの存在を「知った」年だ。
「使った」年ではない。

夜、友人(チータン)がPowerbookを持って来て、
自慢の愛車「プリメーラ」の中で広げた。

ちなみにチータンは小学2年生からの親友だが、
なぜ、「チータン」と呼ばれているのか、いまだにわからない。

「チーター」のように足が速いのかと思ったら足は遅かった。
小学校4年生の時の運動会のリレーで2人にあっさり抜かれて、
クラスで責められて泣いてた。

それからチータンのことについては聞いていない。

私、「へぇ、これがマックのノート型?」
チータン、「そう」と自慢げに手に持った。

私が「高かったんじゃね?」と聞くと、
ちーたん、「うん、たけーよ。」と、笑った。
40万円と言っていた記憶がある。

そして、チータンはカチッと、Powerbookを開けた。

暗い車内がぼうっと光った。

そこにはデカい画像があって、アイコンが並んでいた。

私は何が何だかさっぱりわからなかったが、
「へぇー、すごいね。」と言ってみた。

チータンは「そうね、職場でさ、先輩も使っているのよ。」と自慢げに言った。
当時のチータンの職場は恵比寿の有名なホールだった。
バブルの残滓と言う感じのノリだった。

ビョークとかのライブに裏口から入れてくれたけれど、
そのことをツイッターには投稿しなかった。(2000年より前ね。)

夜中、誰もいないホールで走り回ったけれど、
ツイッターに投稿はしなかった。(2000年より前ね。)

ネットで炎上したことはない。(もしかしてあるかな?私の知らないところで。)

「マックで何しているの?」
「コンピュータグラフィックとか?コンピュータミュージックとか?」
私はありったけの知っている言葉で負けじと尋ねた。

チータンは苦笑いして「まぁね。」と答えた。
その返答を聞いて、使ってねーなと思った。

チータンは「そんなことよりもさ」と、
話を遮るようにトラックパッドに指をさすった。

カーソルが「地球儀みたいなアイコン」に行き、
「w.w.w」と書かれている所を指した。

「これがさ、ワールドワイドウェブって言ってさ、
最近さよく言われているさ、インターネットって言うヤツ。」

書いてみて、恥ずかしい。

携帯電話だってまだ周囲で持っている人なんかほとんどいなかったし、
(ちなみに一番最初に持ったのはやっぱりチータンだった。)
ネットに接続なんて外でも家でもすることが出来なかった。

「へぇ。で、どうするの?」と聞くと、
チータンは
「ま、色々なさ、ほら、あれよ、繋がるのよ。」と苦笑いした。

しばし、二人で液晶を見つめて沈黙した。
起動しても何も写らない「インターネットエクスプローラー」を
チータンはすっ、すっと、指を動かしている。

Powerbookは夜の暗い車内を明るくした、「照明」になっただけだった。

その後、チータンがそのPowerbookでインターネットをしているのは見なかった。
最近は、娘さん(5歳)がチータンのiPhoneで、
私に画像をフリックして、ほら、これがあたしと写真を見せてくれている。
チータンはやっぱり、苦笑いしていた。

そして、1997年の冬、同じく小学生の時からの親友タカオから、
インターネットのつなぎ方を教わったが、繋げるのに3日かかった。

プロバイダーはどうなっているのかと探したら、
まだメールアドレスだけは契約していた。

当時はテレホーダイ加入は必須だった。
23時直前にアクセスポイントに電話をかける。

ぴぽぴぱぴぽぴぽぽぽ。

とりあえず、1時ぐらいまでリダイヤルし続ける。
その辺りまでに繋がれば、インターネットをやった。
繋がらなかったら、その日は寝た。

タカオから教わったのは、
「インターネットは怖いからな」
「ヤバいところだからな」
「パソコンも乗っ取られるし、住所から名前までバレるからな。」
と言う事。

畏怖の存在。

検索は、「千里眼」とか「ドラゴン」とか使っていた様な記憶がある。
名前が怪しくて、ヒットするものも怪しいものしか、
ヒットしないんじゃないかと信じていた。

Yahooはあったかどうか覚えていない。
Googleはなかった。
Googleが出た時は話題になったなー。

窓の杜(マックなのに)とか、エロ画像とか探した。
そんな記憶しか無い。

ネットは何かイケナイ所だった。

100kbを超える、画像だと、少しずつしか落ちて来ないので、
(文字通り落ちて来る感じだったよね。)
エロ画像なんて、頭だけでて、肝心なその先が中々出て来ない。

せっかくISDNに契約したのに、ふざけんなNTTと思った。

途中、フリーズして、ネット回線も落ちて、再起動しても次には繋がらなかった。
何とか見られると、次も画像見るのも凄い時間がかかるので、
「気に入ったら」プリントアウトしてた。
そのエロ画像のために膨大な紙が使った。
2000年頃大掃除してそれらのプリントが一杯出て来て、全て捨てた。

パソコンはまだ、一人に一台と言うわけにはいかず、
我が家のパソコンは妹の部屋にあった。

ネットはテレホーダイで夜中にするものだったので、
妹が帰ってくると、
「私、もう寝るから出て行って!」と言う。

こっちはエロ画像のために必死だから、
「なんでだよ!」と意味も無く力を込めて、マックにかじりついていた。

見かねた、親が仲裁し、私が出て行く事になる。

結構な修羅場だった。
性欲と睡眠欲の闘いである。

当時、メールもあったけれど、チータンとタカオぐらいしかメールはしなかった。

用事があるときは家に電話して来た。

そう言えば、ポケベルは持った事が無い。

PHSはサービスが始まったとき1995年に、
お父さんが「日本テレコム」に勤めている友人の付き合いで、
「アステル」を持ったけれど、
ほとんど圏外なのと通話しててもすぐ切れるので3ヶ月で止めた。
月に3000円ぐらい払っていたかな。学生には辛かった。

1998年、携帯を持った。
ドコモ。P206。覚えてる。0円だった。
まだ、i modeも無かった。電話のみ。
メールは「ポケットボード」を使った。
あれは画期的だった。すごい打ちづらかったけど。

パソコンはそんな使い方を1999年ぐらいまでしていた。
その年にADSLを導入したのをきっかけに、新聞を取るのをやめた。
ちょうど月の固定料金が新聞一ヶ月と同じだったからだ。
光ファイバーは高嶺の花だった。

ニュースはネットでと決めた。
でも、結局、キオスクで新聞を買ってた。

ホームページも作ってみた。
当時流行っていた、「侍魂」をマネして、日記系。
時々、サバイバルゲームの画像をアップ。
サンヨーの動画デジカメで色々撮ってはアップしてた。

カウンターとBBSも設置した。キリ番踏んだら書き込みね。
知らない人からの書き込みはなかった。
友達だけ。友達の友達が限界。

携帯はi modeが始まって、メールを使い始めたけれど、
センター問い合わせしないとメールが届かなかった。
それがイヤでドコモを辞めた。

朝、携帯に電話が来て、夜に送ったメールがどうなんだと。
届いていないからわからないと言うと、
センター問い合わせぐらい、朝イチでしろと言われた。

でも、携帯から家賃が振り込める、インターネットバンキングは素晴らしかった。
あと、電車の乗り換えと終電調べるの。

2003年頃、ブログが流行ってるとMacPeopleで読んだ。
ホームページをあっさりやめて、ブログを始めた。

内容は車が好きだったので、車メイン。

知らない人同士でも、こうやって楽しめるなんてと。
インターネットは広かった。

車を見せびらかすオフ会にも行った。

実際に車を見せてもらって、マフラーの音を聞かせてもらって、
運転させてもらって。
2006年頃の話。

でも、この辺りから携帯に疲れて来た。
迷惑メールもすごかったし、月の支払いも1万円超えるとため息が出た。

今思えば、この時までが私のインターネットの絶頂だったように思う。

ブログと同時期2004年頃にmixiにも招待されたけれど、
怖くて実名は決して使えなかった。
結構、実名の人がいることに驚いて、
何だか見つけられるのが怖くなってIDをすぐに削除した。

mixiは本当に怖かった。不安だった。

別に怖い思いをした訳ではなかったけれど、
ネット上で「実名」が飛び交っていたのが怖かった。
幾ら招待制でクローズドでも。

その時にネットの広大さを知った。
更に畏怖の念が強まった。

「ネチケット」を守らないヤツはすぐに批判された。
メールのCC、BCCの使い方など。

で、今だ。
こんなにネットが広がって行くとは、
チータンに初めてwww(笑っている訳じゃない)の、
アイコンを見せられた時には思いも寄らなかった。

たったの15~20年で、こんなに広く、当たり前のものになった。

外を歩けば、スマホを見ている人が一杯いる。

当たり前にネットが存在しているってどんな環境なんだろう。
私にとってネットは「別世界」で完全に隔離されている世界。

でも、産まれたときから、幼い頃からネットが普通に存在している世代には、
どういう存在なのだろう。

ネットが無い世界はあり得ないのだろうか。

携帯、スマホを忘れたことに気づいたら、例え、遅刻しても取りに帰るのだろうか。

私は携帯電話が鳴るのが面倒くさくて置いて行った。
持って来てないの?と言われたら、
名刺をあいにく切らしてましてみたいに、「忘れた」と言っておいた。

忘れたなら仕方ないと。

いや、忘れるなんてあり得ない?

ネットに対しては畏怖の念と同時に不信がある。

信じられない。

新聞、TVなどの古くからのメディアも同じだけれど、
自分で取捨選択できないと、自分の実にはならない。

常に批判的な、懐疑的な視点を持っているか。

なぜ?どうして?と。

SNS。

今年の正月に集まった、同級生7人で、

LINEをやっている人、0人。
全員、LINEって何?と異口同音。

Facebookをやっている人、0人。
なんで飯食ってるとか、報告しないとイケナイのか。
実際、大学、高校ともに、同級生はほぼ見つからない。

Twitterをやっている人、0人。
つぶやく必要なし。
なんで独り言を言う必要があるんだよ。

スマホ、私以外全員。
さすがに携帯は恥ずかしいから、スマホにした。
職場で恥ずかしくて携帯は出せない。
取引先で携帯は恥ずかしくて出せない。

恥の文化に支えられてる。

基本、携帯メールか、直接携帯に電話で連絡。

「おまえは携帯も持ってないから伝書鳩送る」って言われてる。
「980円の基本料で持てるんだから着信専用で持てこのヤロー」と。

着信音が嫌い。
着信音が鳴ると、イライラする。
すごく嫌な気持ちになる。

バイブにしていても、あれ?今、震えたかなって、
確認しないとイケナイから面倒だ。

携帯を年に二回の飲み会のために持てん。
自宅に電話してくれ。

職場からは持っていれば、持ち歩けと言われる。
そして、連絡しろと言われる。
自腹なんて信じられない。


私はブログも十分恐怖だ。
ツィッターは怖くてつぶやけなかった。
上手く使う自信が無い。
今いる地名とかつぶやいたら、終わりな気がする。

Tumblr、簡単だから投稿しているけれど、実名を晒す気は毛頭ない。
写真も地名が入っていないものを選んでる。

ただでさえ、怖いのに、
これだけ、インターネットが広がってしまうと自分には扱いきれない気がしている。
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by kasime | 2014-12-23 22:56 | つぶやき | Trackback | Comments(4)
とりあえず
a0281778_1715342.jpg

Nikon F Micro-NIKKOR auto 55mm f3.5


何かを決めようとしているとき、
右か左かで悩んでいるとき、
中々決断が下せないとき、

そんな時は「とりあえず決めない」と言う事もアリかなと。

決めないとイケナイと思うから辛いなぁって思うのかも。

「とりあえず」っていい言葉だと思う。

「とりあえず」買っとこう。

ん?
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by kasime | 2014-12-22 20:46 | つぶやき | Trackback | Comments(10)